大判例

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高松高等裁判所 昭和56年(行コ)5号 判決 1983年1月11日

控訴人

大坪憲三

右訴訟代理人

石川雅康

横川英一

被控訴人

右代表者法務大臣

秦野章

右指定代理人

上野至

外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  申立

(控訴人)

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し金七万四四〇五円及びこれに対する昭和五二年四月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

主文同旨

第二  主張と証拠

当事者双方の主張と証拠は、控訴人が請求原因5の(一)及び(三)を撤回し同5の(二)を次のとおり敷衍し、被控訴人がこれに答弁したほか、原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する(ただし、原判決三枚目表三行目の「昭和五三年」を「昭和五二年」と訂正する。)。

(控訴人)

1  国選弁護料の支給決定は、刑事訴訟法三八条二項と刑事訴訟費用等に関する法律二条により非公開で職権主義をもつてなされる非訟事件手続の性質をもつ裁判として行われているが、これはこの決定が迅速かつ定型的に行われる必要のためであるに過ぎず、その本質は弁護士の業務に対する対価で、通常の金銭債務の確定であるから争いがあれば対審による民事訴訟で決定すべきものなのであり、支給決定は裁判所が創設するものでなく国選弁護人の請求権を確認するものである。

2  ところが、現行の国選弁護料支給決定は、その公正さを担保する最少要件手続である当事者に対する告知と聴聞の手続の保障にも欠け、それ自体が終局的で支給決定者もこの決定に不服ある者にも公開、対審構造による訴訟手続によつて争う機会を与えず、上訴の方法もないことは裁判の拒絶であり憲法三一条、三二条、八二条に違反し、公正を欠き無効である。

3  以上のごとく、現行すなわち本件でなされた国選弁護料支給決定は違憲無効であるが、そのゆえに本件につき職業としてなされた控訴人の弁護活動が無報酬であつていいわけではなく、適正な報酬が支給さるべきは憲法一四条、三七条の趣旨からも当然であるところ、その適正報酬は、私選弁護の場合に予め具体的な報酬契約がなくても、裁判所が事件の難易、訴訟物の価格、係争期間の長短、費された弁護士の労力、依頼目的の成否等諸般の事情を参酌して適正な金額を確認しているのと同様、適正な金額を決定すべきものである。

4  右の場合の適正金額については、(1)弁護士会の定める報酬基準により諸般の事情を参酌して決定すべしという説(柳沢義男、甲第一〇号証)と(2)アメリカのウイスコンシン州で行われている官選弁護料は市場価格の三分の二が相当であるという考え方(ただし、これにもファイナンシアル・サーヴァイバルの原則の適用があり、弁護士の生活や事務所の維持を脅かすような低額では違法であるとする。)があるが、控訴人は、補助者と数多い什器、備品を要する法律事務所を維持し、弁護士の労働力の再生産を確保するため、少くとも弁護士会の定める報酬基準の半額が必要であり、これが法律家の常識であるから、控訴人の本訴請求金額は適正である。

(被控訴人)

1  国選弁護人の報酬支給決定は非訟事件の本質を有する裁判である。

刑事訴訟法三八条二項は、国選弁護人は「旅費、日当、宿泊料及び報酬を請求することができる。」と規定するが、同項の規定により弁護人に支給すべき報酬の額は、裁判所が相当と認めるところにより決定した額により始めて定まるものである(刑事訴訟費用等に関する法律八条二項)。

すなわち、国選弁護人の報酬支給決定は非訟事件の本質を有する裁判である(裁判であることについては控訴人も争わないところである。)。国選弁護人の報酬支給決定は、当事者間に争いのある権利関係について、裁判所が法を適用してその判断をするという判断作用ではなく、抽象的請求権が存在することを前提として、その具体的金額を裁判所が裁量によつて形成するものであるから、本質的に非訟事件の裁判である(最高裁昭和三五年七月六日大法廷決定・民集一四巻九号一六五七ページ、最高裁昭和四〇年六月三〇日大法廷決定・民集一九巻四号一〇八九ページ参照)。国選弁護人の報酬額は、法令に具体的金額が定められているわけではなく、裁判所が、事件の難易、弁護人の訴訟活動、特に公判前の準備活動の程度、開廷回数などを総合的に考慮して、その裁量によつて具体的金額を定めるものである。裁判所の支給決定があつて始めて具体的金額の請求権が発生するものであり、また右決定が定めた金額以上の報酬請求権も存在しないのである(最高裁昭和二九年八月二四日第三小法廷判決・民集八巻八号一五四九ページ参照)。

2  国選弁護人の報酬支給決定に関する「刑事訴訟費用等に関する法律」八条二項の規定は、憲法に違反しない。

国選弁護人の報酬支給決定は、前述のとおり、本質的に非訟事件の裁判であつて、純然たる訴訟事件についての裁判ではないから、公開の法廷における対審及び判決によつてなすことを要しないものである(前掲最高裁大法廷決定参照)。したがつて、「刑事訴訟費用等に関する法律」八条二項の規定は、何ら憲法三二条、八二条に違反するものではない。

また、憲法三一条は、刑事手続に関する規定であり、刑事手続以外の手続に直ちに適用されるものではないが、仮にその他の手続に適用又は準用されるとしても、それは、個人の権利・自由を制約し、あるいは不利益を課する措置である場合である。

ところが、国選弁護人の報酬支給決定については、右決定前に具体的金額の請求権は存在せず、右決定によつて始めて具体的金額の請求権が発生するのであるから、右決定によつて既存の権利が制限されたり、あるいは不利益を課されるという関係はなく、したがつて国選弁護人の報酬支給決定は国選弁護人に不利益を課する措置ではないので、告知、聴聞の機会を保障しなければならないものではない。それゆえ、右支給決定に関する規定は、憲法三一条にも違反するものではない。

3  本件支給決定による報酬の額は相当である。

本件国選弁護人が選任された事案は被告人が神社のさい銭箱から現金一六二六円を窃取したというものであり、被告人は公判廷で事実を認め、検察官が請求した証拠はすべて同意され、証人尋問も行われず二開廷で結審し判決が言い渡されたものである。本件では合計金二万六〇六五円の支給決定がなされているが、右金額は担当裁判官が最高裁判所の通達に定める基準額を一応の参考として諸般の事情を十分考慮して決定したものと認められ本件事案に則した相当な額であると認められるものである。

理由

一控訴人は当審で請求原因5の(一)及び(三)を撤回し請求原因5の(二)の請求すなわち高知簡易裁判所が控訴人からの刑訴法三八条二項に基づく請求に対してなした支給決定が違法不当であるという主張のみに止めることになつたものであるところ、その決定に対する不服申立は刑訴法四一九条による抗告のみが許され、これを民事訴訟によつて争うことを許す規定等はなく、またそう解すべき余地はないので、控訴人の本訴は不適法で許されず却下すべきものということになるが、当裁判所は控訴人の主張には刑訴法四一九条による抗告を含むと理解するとともに控訴人の請求の本案について判断を加えることが控訴人の意に適い有益と考えるので、その判断を示すこととする。

二右説明のごとく、国選弁護人に対する報酬の支給決定は、当該刑事事件を担当した裁判所が刑事訴訟法等により刑事事件の手続の一環としてそれに付随してなすものであるが、右の裁判所と国選弁護人との関係は、刑事被告人に対するものとは全く性質を異にし、裁判所に協力し適正な刑事裁判の実現に当つたものに対する報酬等の支給決定であるから、その性質は民事の非訟事件に対する決定と同じでその報酬は裁判所の決定によつて決まるものであり、当事者の請求権を確認するものではないと考えるのを相当とし、これに反する控訴人の主張は採用できない。

三控訴人は、国選弁護人を選任した裁判所と国選弁護人との関係は弁護士の業務に対する報酬を支払う債権債務関係で公開対審構造の民事訴訟で決定すべきものであるのに裁判所が非訟事件として告知と聴聞の手続さえ保障せず一方的に決めるのは憲法三一条、三二条、八二条に違反し無効であるという。

裁判所が刑事訴訟法三八条二項等により国選弁護人に対する報酬の支給決定をするのは、当該事件を担当した国選弁護人の委任事務遂行に対する報酬の決定であるから債権債務の確定には相違ないが、これは刑事事件の被告人が貧困その他の事由により、弁護人を選任できない場合に国が代つて弁護人を選任して被告人の防禦等に当らしめた報酬で、本来被告人自身が負担すべきものを被告人保護のため国費を充当しているものである。したがつてその決定は非訟事件の性質を有する公法上の行為であり、いつも争いがあるわけでなく私人間の紛争とは違うから当然公開、対審構造の民事訴訟によつて決定しなければならないものではなく、民事訴訟によつて決定しないからといつて違憲無効ということはできない。

国と私人間の債権債務の発生原因には種々のものがあり、公法上の色彩のないものは私人間の取引によるものと同じであるから、争いがあれば民事訴訟によつて決定しなければならない場合ももち論存在するが、公法上のもので国が一方的に決定できるものは多数存在する。

民法にある不在者財産管理人、後見人、相続財産管理人、破産法にある破産管財人の各報酬、民刑訴訟法等の規定する鑑定人、通訳人の報酬、民事調停委員、家事調停委員の手当、司法委員、参与員の日当等がそれで、裁判所はそれらの人々の活動に対して支払うものであるから国選弁護人の報酬とよく似た面をもつているが、それを民事訴訟によつて決定されなければならないものとはしていないし、そのゆえにこれを憲法違反ということはできない。

これらの場合も国選弁護人の場合も、担当する事件の内容、難易度その他諸般の事由に個性があつて、それに費される労力は均一ではないが、制度として運用されるのでその報酬額がある程度画一的な金額となることを免れないとともにあとはそれを決定する裁判所の健全な裁量に委されているといわなければならない。

控訴人は、現在の報酬支給決定に対し国選弁護人は不服申立方法がないというが、これも裁判所のなす刑事に関する決定であり、特に不服申立を禁止した規定は見当らないから、刑事訴訟法四一九条により抗告はできるものと解され、全く不服申立の方法がないという主張は採用できない。

四本件に対する当裁判所の事実認定と判断は、原審と同一であるからそのうち控訴人が請求原因としての主張を撤回した部分を除いて原判決の理由をここに引用するが、これに基づき控訴人に支給決定された本件報酬の金額をみると控訴人の意に副う十分なものとはいえないであろうが、これを決定した高知簡易裁判所は事件の難易度、開廷数その他諸般の点を当時示されている基準に則り公平に本件支給決定をしたことが窺われるので、この金額をもつて不相当と認めることはできない。

控訴人は、本件報酬につき私選弁護の場合の基準となる弁護士会の報酬基準の二分の一が適当だというが、これが適当であるという根拠もないし当裁判所もそれが適当であるとは考えないのでこの主張は採用しがたい。

もつとも、<証拠>によると、柳沢義男教授は現代の国選弁護制度は私選・国選の区別なく十分な弁護活動が行われなければその目的は達せられず、弁護活動の内容に、国選・私選の差別があつてはならないから、弁護士の弁護活動の経済的基礎である弁護報酬も、私選と国選の間に差等があつてはならない。裁判所は少なくとも所属弁護士会の定める報酬規定の額をもつて相当額と認定すべきである旨記述していることが認められるが、右のような見解は傾聴に価するものとは考えるけれども、国選弁護制度の趣旨及び前記のような他の報酬等との均衡を考慮すると、直ちに右見解を採用することはできない。

また、<証拠>によると、アメリカ合衆国ウイスコンシン州においては、州弁護士会の最低報酬基準の三分の二の額が、官選弁護の報酬として請求される慣習のあることが窺われるが、外国の州において右のような慣習があるからといつて、当裁判所は直ちにこれをわが国の国選弁護報酬に及ぼすべきものとは考えないので、これによることはできない。

五よつて、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(菊地博 滝口功 川波利明)

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